佐賀城

佐賀城(佐賀県佐賀市城内)は、佐賀平野のほぼ中央に位置し、戦国期に西九州を席巻した龍造寺氏が本拠としていた村中城の地に建つ平城。

龍造寺氏の衰退をうけて、重臣・鍋島直茂が領主となり、旧主の村中城を拡張・整備し、城名も改めた。

直茂の子・勝茂が初代佐賀藩主となり、慶長十六年(1611)に総普請を完成し本丸に入った。その後、佐賀藩は開明君主として知られる10代直正(閑叟)を経て、11代直大のとき明治維新を迎える。明治七年(1874)に起こった士族の乱「佐賀戦争(佐賀の乱)」では、激戦の舞台となり、鯱の門の扉には弾痕が残る。

平成十六年(2004)には、復元された本丸御殿が一般公開されるなど、整備事業が進行している(『名城をゆく(小学館)』)。

本丸には復元された御殿(佐賀城本丸歴史館)が建ち、鯱門・天守台・水堀などの遺構が良好に残る。二の丸・三の丸は小学校や県庁になっている。

 

 

案内図(右下が本丸)

 

(【左写真】天守台(五層の天守が建っていたが、享保年間の火災で焼失後、再建されなかった。)
(【右写真】鯱の門・続櫓(天保の大火後に完成。佐賀の乱では戦火に見舞われ、扉には弾痕が残る。)

  

(【左写真】南西隅櫓台(撤去されていたが、整備事業により復元された。)【右写真】本丸南側の水堀。)

 

(本丸御殿(平成十六年(2004)に忠実に復元され、一般公開されている。)

2010年1月19日訪問)

 

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