築山館

築山館(山口県山口市上竪小路)は、大内氏28代・教弘が15世紀中頃に築いたといわれる館跡で、教弘以後の歴代当主の居館となったところ。

中世の連歌師宗祗は
   「池はうみ こずゑは夏の 深山かな」
と詠んでおり、かつて豪華であった庭の様子が忍ばれる(『城址案内板』)。

築山館は、大内氏滅亡後朽廃したが、園池の跡は残っていたといわれている。しかし、この池も江戸時代中頃周囲の築地の土をもって埋めてしまい、現在のようになったとされる。
江戸時代末の絵図によると築地の外面は自然石の石垣であったことが伝えられている。現在指定地内の北西隅に、鍵の手に土塁(築地)が残っているが、往時の館の規模を示す遺構として重要だという(『城址案内板』)。

大内氏館から歩いて5分くらいの場所にある。築山神社の後方に土塁跡が残り、石碑も設置されている。


(城址の航空写真)

 

(龍福寺境内図)

  

(【左写真】館跡碑。【右写真】築山神社後方の土塁跡。)

 

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