知覧麓

知覧麓(★ 鹿児島県南九州市知覧町郡)

江戸時代、薩摩藩は藩内を百十三の外城(郷)と呼ばれる行政区画に分け藩内を治めました。外城では、行政庁である御仮屋を中心として麓と呼ばれる武士団の居住区があり、さらに町家・村落と続いていました。知覧もこの麓の一つで御仮屋の前には城馬場が通り、これに直行して本馬場が通されています。馬場とは大路をいい、この馬場を挟んで麓の武家屋敷が形成され、随所に小路が配されています。知覧麓が今に見られるような姿に整備されたのは、十八世紀の中頃であると伝わっています(『現地案内板』)。

麓は、いずれも領主の仮屋を中心にして城郭的性格が強いもので、防衛的・軍事的機能を持っていた。その意味で、本馬場も少しずつ曲がっていて見通しがきかぬようになっていたし、紺屋小路以外には十文字に交差する道もない。そして、この麓の屋敷と道路とが全体として城郭の役割を発揮したことも、容易に確かめることができる(『日本城郭大系』)。

観光地として有名ですが、立派な外城跡です。知覧麓の武家屋敷群は伝統的建造物群保存地区に指定されており、旧態を良く残している。

 

  

(【左写真】検察庁一帯はかつての御仮屋(政庁)であった。【右写真】馬場に沿うように配置された武家屋敷群。)

  (2010年9月16日訪問)

 

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城と古戦場 

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