金山城 北城
附 坂中城
標高220m、比高170m。 金山北城、坂中城(群馬県太田市金山)は、金山城の北側の尾根に築かれた出砦。 本城北側の大日沢をへだてた山を「坂中」と言い、ここに三段に城郭が構築され、「北の陣」とも呼ばれている(『現地説明板』)。 本城が直接、敵に攻撃されるのを防ぐ役割を果たしている。北に続く尾根は堀切で遮断している。また、本城に他国の使者達が来て聞かれては困る場合、坂中に重臣達が集まって密談する事もあったという(『現地説明板』)。 また、後北条氏の時代には、家臣・宇津木氏久がここを守ったと伝承されている(『日本城郭大系』)。 金山城の本丸から北の登山道を下りていくと、大きな堀切を一条越え、尾根筋に出る。ここには比較的広い平場があり、「北城」と呼ばれている。明確な遺構は確認できないが、幾つかの削平地が見られ、曲輪の跡と思われる。ただ、実城(金山城)が石垣の城であるに比べ、非常に簡素な造りであり、さほど重視されたものではなかったと思われる。 |
(跡地の航空写真)
(国土地理院発行の2万5千分1地形図)
(現地概念図)
(【左写真】「北城」。尾根の集中する峰で、広い平場がある。【右写真】数段の曲輪が残っている。)
坂中城
(【左写真】「坂中城」の石碑。【右写真】倒れた説明板。)
(「坂中城」の曲輪。人工的なところは明確に確認できない。)
(城址遠望)