大嶽城
大嶽城(おおづく・★★滋賀県長浜市小谷丁野町)は、小谷山の最高所の標高495mに位置している。 『長享年後畿内機内兵乱記』によると、大永五年(1525)には小谷城がすでに築城されており、小谷城が現在の本丸のある尾根ではなく、大嶽にあった事が知られる。大規模な砦で、遺構を見ると本丸・山王丸・福寿丸等の小谷城の遺構と比較して、土塁の造り方などが古い。 小谷山最高所に位置しているが、眺望は悪く、一段下がった箇所に土塁跡が残る程度であった。ただ小谷城の重要拠点であったことは間違いない。 なぜ本丸近くのこの場所に朝倉軍が布陣していたのでしょうか。元々朝倉家と浅井家は従属関係にあったのでは、という説も頷けるような気がします。朝倉宗滴が布陣した金吾丸も大手道のど真ん中ですし。従属関係ではなくても、微妙で複雑な関係だったのでしょう。織田家と浅井家と同様に。 |
遠景(中央が小谷城本丸跡で、左側の最高峰が大嶽城)
(【左写真】城址案内板 【右写真】土塁が残るが、藪化が激しい。)
(2012年5月26日訪問)