鹿伏兎城
鹿伏兎城(かぶと・☆ 三重県亀山市加太字市場)は、鈴鹿川一帯を支配した戦国武将関氏六代盛政の四男の四郎盛宗(鹿伏兎氏祖)によって南北朝時代の正平(1346~1369)のころ築かれた。 はじめ「牛谷城」と呼ばれたが鹿伏兎氏七代定好の子である鹿伏兎定長が、時の将軍である足利義晴に白鷹を献じたことから「白鷹城」と呼ばれるようになった。 神福禅寺の背後の山が城跡で、寺の前に案内坂がある。登城を試みるも、途中で道を見失い断念。石垣等の良好な遺構が残るだけに残念…。 |
神福禅寺の背後の山が城跡
(2013年2月9日訪問)