鈴木雅楽助館
鈴木雅楽助館(★埼玉県南埼玉郡宮代町東) 埼玉県宮代町の百間郷の一部は戦国時代には鈴木雅楽助(うたのすけ)という人物によって支配されていた。 鈴木氏は比企郡川島町三保谷の鈴木氏の分家とされる(『鴻巣市鈴木家系図』)。初代鈴木雅楽助は重次といい、一説には管領山内上杉氏の家臣だったが(『鈴木氏由緒書』)、明応年間(1492-1500)に古河公方足利成氏に仕えていたともされる(『鈴木家墓誌』)。 館跡地は住宅となって遺構は見られない。なお隣接する「中寺遺跡」からは中世の遺物が発掘(平成十年)されており、鈴木雅楽助館との関係が深いものとされる(『宮代町の中世遺物』)が、今は埋め戻され個人宅となっている。 (参考サイト『儀一の城館旅』) |
(鈴木雅楽助館跡地)
(宮代町教育委員会『宮代町の中世遺物』掲載の「中寺遺跡」の地図と発掘状況。鈴木雅楽助館に関係するものだという。)
(2015年3月25日訪問)