水判土館

水判土館(みずはた★埼玉県さいたま市西区水判土)

『埼玉の中世城館跡』(第2版)は、年代未詳の館跡で、「水判土462」を所在地とし、現況は寺院・宅地・山林、台地で、遺構は無く、慈眼寺が建立されていると記している。

同1版(『埼玉の城館跡』)は、築城年代・城主等いずれも不明とする。

『大宮市史』によれば、慈眼寺の境内が館跡で、三方を田に囲まれた標高12m、比高4・5mで西方だけが台地続きになっている。「堀の内」との地名が隣接している。

『新編武蔵風土記稿』によれば、寺はもと城塁のあった場所だと伝わるが、何人が居住したのかその名は失われたという。寺が戦火にあって荒廃し、史料が失われたと併記している。

寺の西側に隣接して「山王塚古墳」があったが、その豪族と館との関係は不明だという(『大宮市史』)。

遺構や館跡を示す案内は見られないが立派な伽藍を有した寺院を見学するだけでも価値はあろう。

 

 

大宮市史』より)

 

(【左写真】慈眼寺。立派な寺院である。【右写真】周囲を睥睨する要害の地形になっている。

 

(【左写真】慈眼寺山門。【右写真】慈眼寺本堂。館の歴史は不明とされる。

 

  (2016/1/3訪問)

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